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変わる世界と変わる未来とワタシ

by コージーアナダ(品出し中)

皆さんはどんな正月イブを過ごしただろうか?

殴り合いを見ていた?

笑い合いを楽しんでいた?

歌い合いに興じていた?

テレビ番組しか出てこないのはワタシのアクティブスキルの少なさゆえなのだが、それはご容赦願いたい。

ワタシは正月イブの際に思い立ったので久々にタワシの方を更新しようと思いカタカタとやっていた。

ちなみに、ワタシはテレビは見ていない。

Good-bye holy days

2020年が終わった。

なんだか色々あった1年だった。

気がつけば3月を最後に岡山県から出ることなく年が終わった。

面白いことに今年は1年が短いとは感じなかった。

これはすごく珍しい気持ちだ。

というのも、ここ何年かは1年間というものが本当にはやく過ぎ去っているような気がしていた。

ヒトは相対的に物事を捉える生き物だから、6歳の子の1/6と、39歳の1/39では1年の感じ方が違って当然だ、という話をよく聞く。この説は至極当然なものだと思っていたが、違った。

2020年は本当に1年がきっちり1年あった。

いや、何を言っているのかわからないと思うが、俺もわからない。

とはJ.P.ポルナレフ氏の名言だがまさにそのようなー

使い古された表現であえて言うなら、狐につままれたような1年だった。

仕事も私生活もなかなかにバタついてはいたが、それは例年通りのような気もするし、もしかしたら人間的に若返ったのかもしれない。

色んなものに翻弄された1年だったけれど、翻弄されたがゆえに思い立ったこともいくつかある。

衝動

まずは、というか一番メインとなるのは、ボーカルとしての復帰大作戦を決行したことだ

そもそもワタシはハタチ過ぎから子供が生まれたあたり、30代の中頃くらいまでバンド活動をしていた。

バンドをやめたのはいろんな事象に心がまいったから。

バンド活動が生活の中に入り込む隙間がなくなっていたからだろう。

そんなバンドをまたやろうと思ったのは、にっくきウィルスがもたらした世界の変化からだった。

コロナでバンドマンを含めた全ての音楽家たちはなんとか音楽をオーディエンスに届けるすべを模索した。

そして、ビジネスの世界同様にオンライン化が加速した。

オンラインで見るライブは味気ない。

どれだけ取り繕っても、どれだけ映像を切り替えても、熱がないし空気がないのだ。伝わるわけがない。

音は空気があって初めて伝わる。スピーカーから出てくる音は物理的には大気を揺らしてワタシの耳の中まで音の波を届けてはくれるが、それはあくまで映像と音、でしかなくてやっぱりライブではないのだ。

けれどそんなオンラインのライブを見て、ワタシの心はしっかりと揺れ動き、まるで20代のはじめの頃のような気持ちでまたやりたいと思った。

※そんなバンドを再開したいと思ったきっかけについてはこちら→[大都会でダイエットかい?|コウジアナダ|note](https://note.com/style_a_plus/n/n6e30f668320b)

人はできない理由を探しがちだ。

ワタシは何年も何年も、バンドができない理由を探していた。

環境がかわり、少しだけ身軽になったから、できない理由なんてなかったはずなのに、「40歳も前にしてロックバンドでボーカルなんて・・・笑」と斜に構えるどころか寝っ転がって尻でも書いているかのようなクソみたいな理由を口から漏らしていたあの日のワタシはもういない。

40歳すぎてロックバンドのボーカルがなんだっていうの?

俺がやるんだから、当たり前にかっこいいでしょ。

という気持ちに戻った。

ボーカリストというのはたいていナルシスティックで尊大な感情を持った生き物だ。

自分で言うのもなんだが、ワタシは歌がうまい。

・・・わけではない。

そりゃもちろん下手でもない。

ボーカルをやってたくらいだから当然ながら、それなりに歌は歌える。

だが、音程が正確だとか、音域が広いとか、ビブラートやミックスボイスなどのスキルをたくさん持っているとか、そういったテクニックとしての上手さがそんなにはないのだ。

ただ、ボーカルとしてはかっこよかった!

・・・とは思っている。もちろんそれなりにだが笑

熱いボーカリストだったはず。第三者視点で見られないのでこの辺はナルシスティックがおもらししていると思っていただきたい。

しかもこのたびの復帰大作戦は、ただ単にボーカルとして再開するわけではない。

苦手だったギターボーカルとして再起する決意をした。

ワタシはマイクのみを持っているときはそれなりに歌えるのだが、ギターを持つと本当にだめになる。

そのへんの歌好きのオニイチャンくらいまでヘタクソになるのだ。

実際にスタジオに個人練習に3回程入ったが、なかなかにヤバい。

毎回録画しているが、もうそれはアレなかんじだ。

「ギターを持つと歌に全力を注げなくなるからいやだ」

そう言ってギターボーカルをやることをずっと拒んできたが、いざ気持ちを切り替えてやると、これはこれでとても楽しい。

なんせ、成長が感じにくかったボーカルオンリーのときと比べて、成長が目に見えるのだ。

人間は成長を感じると本当に楽しい。講習や研修をやってるときは、受講者の方の成長を見るのが楽しい、なんてよく言ってるけど、まさにそんな気持ちで見ているような気分だ。

今はまだまだそんなにかっこよくないギタボではあるが、来年それなりにカッコよくなれるよう、更に磨いていきたい。

実はこの年末はオンライン上で募ったメンバーのみんなと初顔合わせ、初音合わせの予定だったが、昨今のコロナ患者増加を踏まえ来年に順延した。

かまやしない。どのみちコロナを始めとするウィルスやらなんやらは消えてなくなるわけではないし、これからもっともっと人間は環境に適合していく。ウィルスが変異しているように、人間も変異する。

だから、きっと来年は活動もできるし、ライブだってできる。

この音楽を始める、ということについてもnoteでブログも書いている。

ワタシの左耳に一つだけあるピアス孔は「歌をやめるときまで閉じない」という意思を込めてあけたもので、何年も金属を通してなくてすっかり閉じたと思ってたその孔は今もあいたままだった。という話も書いているのでそちらもどうぞ。

[はじめからあいてないということは、必要ないということ|コウジアナダ|note](https://note.com/style_a_plus/n/n6bf8e2bc6088)

マジェスティック

仕事の方でもいくつか変化が起きた。

来年から、オンラインを活用した新たな事業をいくつか走らせる。

これも、コロナが影響してのことだ。

コロナが与えた影響は凄まじく、ワタシたちの業界ではそこそこ浸透していた「オンライン」という考え方を他の業界の方たちに浸透させた。

厳密には浸透しきっているわけではないが、そういうやり方がある、と伝え広めていった。

ワタシの事業のあり方にも大きく影響を与えてくれた。

だからこそ、新しいことをやりたいと思えたわけだ。

コロナがあったから、育ち盛りの娘とは1年近く会えなかった。

コロナがあったから、いくつかの仕事はなくなった。

まぎれもない事実。

けれど、コロナがあったから仕事も私事も変化があった。

これも事実。

コロナのせい、なんて言わないし、

コロナのおかげ、なんて言いたくもないし言うつもりもない。

ワタシが変わったのは世界の変化によるもの。

変化というより、昔に戻っただけなのかもしれない。

もともとワタシはなりたい人物像が未来のワタシだった。

こうありたい、と願う人物が未来のかっこいいワタシ。

ここ何年も未来のワタシなんて目標にしていなかったが、

今年は再び未来のワタシが見えたから、そこに向かって生きていこうと思った。

来年40歳になるワタシが見ている「未来のワタシ」はきっと皆さんも好きなワタシだと思うから、なっておいて損はないだろう。

2021年も、ゆるやかに、しかしながら少しずつ未来のワタシに近づいて行こうと思う。

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