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魔王イメージと萌え女子とワシ

by コウジアナーダ

全然、全盛

ワシの名は織田三郎信長。今、なぜかこの2018年を生きておる。

此度、燃えさかる本能寺で死を覚悟したワシは気がつけば2018年の1月におった。

早半年。もはや馴染んだ。

天正の世にはない言葉も、文明の利器も、生活に困らぬレヴェルでは吸収した。

当たり前に日々に溶け込んだ。全盛期は今まさに、といったところだ。

「こんびに」で当たり前に買い物をすることもできる、いっぱしのげんだいびととなった。

VIVA LA ワシの順応性。

今日はこの場を借りて、そんなワシが昨日思った事を皆に伝えようと思う。

ジュースの名前を○○水にするんじゃねぇよ。

ワシは「こんびに」でとある水を買った。「爽健美水」そう書かれてあった。

ワシも今やげんだいびと。TVのひとつやふたつ見るし、爽健美茶も飲む。

たった半年とは言え「爽健美茶」がその名で示す通り

爽やかで、健康にも美にも気を遣った「茶」

で、あることは知っておった。ワシの中にはそのイメージが埋め込まれておったわけじゃ。

サラリとした喉ごし、かつ茶ほど味の濃くないものを求めて買ってみたのじゃ。美水を。。。

甘かった・・・

そう、甘かったのじゃ。

それはまるであのMITSU-HIDEに朝駆けを喰らったあの日のワシのように・・・

(※注:本能寺の変は諸説あります。というか、歴史は基本的に全てロマンです。)

「水」と名されたそれは、決して「水」ではなかった。

清涼飲料水という区分では同じでも、水と果糖水には大きな隔たりがある。

口に含んだ時は、やられた、と感じてしもうた。

そう、それはまるでKEN-SHINにしてやられた手取川の戦いの時のように。

こいつにやられた。それはどうでもいい。

古くは「桃の天然水」などという商品もあったが、あれはまだわかった。

「桃」がつくので甘いことを連想させるのだ。

同じような水系で甘いものならば、潰せるペットボトルでおなじみのロハス系飲料水のように、「イチゴ味」や「メロンクリームソーダ味」などわかりやすいネーミングとパッケージにすべきだとワシは思った。

それが「爽健美茶」のためとそう感じた次第だ。

これがブランドの力か。

ワシは「爽健美茶」を「爽やかで、健康にも美にも優れた、茶」だと思っておる。

また現代を生きる大半の臣民も同じくこう考えておるのではないかと思う。

使い古された表現をあえてするが、爽健美水を呑んだ瞬間ワシは「虚を突かれた気がした。」

思い描くイメージとあまりに乖離しておったからなのだが、しばしばコレを体感することがある。

ワシはこれをブランドの悪ふざけと呼んでおる。

現世に生き始め、ワシに関する書物を読みあさり知ったが、あのルイス・フロイスはワシを

「第六天魔王」呼ばわりしたらしい。

そんなオラオラ系であるワシが、めちゃくちゃ家臣に甘々で女中と恋物語を繰り広げたり、女人化して萌え散らかしたらどうか?

これはもう「ワシのブランドイメージむちゃくちゃやんけ・・・」とこうなる。

2018年を生きているワシは、今まさに↑コレ↑を痛感している。

ワシが女の子とか、まじ悪ふざけ。もはや敦盛を舞う気力もない。

そういうことなのだ。

ブランドは一旦根付いてしまったら、それとあまりに離れた事をすると、元々いた熱狂者からそっぽを向かれてしまう危険性をはらんでいるのだ。

ちなみに爽健美水の名誉のために言っておくと

味は、ふつうに美味しかった。

スポーツドリンクテイストで、それを欲して飲むときには良いのではないだろうか。

攻めがすぎれば手薄になるが、守るだけでは武功は得られぬ。

このブランドの悪ふざけが新たな商売として成り立つ事も当然ながらある。

古くからいる愛好者と、新たに好いてくれる者。

どちらも逃さずこぼさず、とはなかなか行かぬが、うまくすればブランドイメージが2つ、3つと付いて多くの客層を勝ち取ることができるかもしれぬ。

この現代は商に長ける者が生きやすい世のようだ。HIDE-YOSHIがこの場におればさぞ喜んだろうに。

ワシのイメージはもはや「歴史上の有名人を主役に物語を仕立ててみましたNo1」と言ってもよかろう。

いろいろな媒体でワシは女人化したり、転生したりしておる。

それぞれの商いが成立しておるので、ワシは特に何も言わぬ。

皆の者、稼ぐが良い。ワシで悪ふざけをするが良い。

皆に忘れられぬ限り、ワシの天下統一はまだ終わっておらん。

さて、ワシについたイメージの一つ「タイムスリップに関連する人」が仕事を始めたようじゃ。

そろそろ転生が起こる。次なる舞台は異世界か?大陸か?

ワシは人間なのか?犬なのか

できれば、人で、せめて威厳を保っていたい。

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